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もっとも平穏な黒猫の飼い方。

  日々つれづれ嘘日記、+α。

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 頬に沿う女媼の掌が、わたしのじぶんの膚より温く、またしっとりして吸い付くので、とまどって瞬きをした、
 その、目をとじている一瞬のうちに、老女はもういっぽうの手をわたしの頬に沿え、それから西洋の魔女のように目を弓形にほそめる。
「わしの顔ずくで天上をみせてやろう」
 女媼は、白い花の低い穂草にぐるりと囲まれた、青葉で埋まったちいさな土俵みたいな水のない沼へ、わたしの顔を両掌ではさんだままつつつと後ろ歩きしてゆき、
「しっかり板についた二の足をお踏み。仕手なんだから、堂々とおし、御前が降りて来られる、さ」
 と掠れた声でかきくどくが、どうも千鳥足にしかならない。
 やがてどぉんと脳天から膝へ衝撃が抜ける。わたしにおよぶ二つ目の宇宙の貌が、そおっと背骨をみたし、目前の女媼の双眸は銀河模様に透けてひらめく、
「気をたしかにおし。その光はおまえだ」
 皺くちゃの瞼が瞬く一瞬に、ふと頬の熱がはなれる。
 かわりに触れるのは春風だ。気づけばわたしは光り輝く青葉の原にひとり、腰をまげて立ち尽くしている。



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「及己(つきねぐさ)」「顔尽」「挟み込む」ということで

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 深夜近くに帰宅したら、ラウンジフロアに食事が出ている。
 知った顔が二人、ほんらいは応接用の低いウッドテーブルの中央に据えられた銀のドームをみすえながら、じっと対峙している。
 ふたりは同じく潜水艦ビルの住人だ。かたほうはベロニカ、黒髪のジプシーふう美女で日本語が苦手、もうかたほうは龍之介、誰からも(女性からは特に)可愛がられるふかふかの茶髪とつややかな瞳、国籍は知らないけど日本語は話せない。なぜなら彼はチワワだからだ。
「どうしたの?」
 ベロニカに聞くと、彼女は両手にナイフとフォークを握りしめたままこちらを見上げて、
「肉です。焼かれた。今、わたしたちは『待て』です」
 と、歌うようにゆるやかな声でいう。
「誰が待てと言ったの?」
「リュウのマスタです。彼、ワインを届ける。あ、戻ってきた」
 ベロニカの視線を追うと、エレベータから赤ワインの瓶とグラスを二つ持った大柄な男性がひとり、上機嫌そうに降りてくる。反対の手にはもう一つ、ドームをかぶった大皿を支えている。こちらを見て、ちょっと戸惑ったふうに愛想笑いをした。
「こんばんは、壱緒さん」
 外見から予想されるよりさらに低いうつくしい声で彼は挨拶し、テーブルに寄った。龍之介が立ち上がって嬉しそうに彼に寄り添う。
「こんばんは、市原さん。晩餐ですか?」
「そう。ああ、ええと」言いたくなさそうに「よければ壱緒さんもご一緒にいかがですか?」
「いいですね。でも、片付けなきゃなんない仕事があるんで、残念ですけど失礼します」
「そうですか」
 彼はどこかほっとしたように息をつき、そして嬉しそうに微笑んだ。「またお誘いしますよ」
「ぜひ」
 扉をひらいたままぽかんと待っている緩穏なエレベータに、乗り込んで、くるりと振り向いてボタンを押す。
 閉まっていく扉の向こうで、市原さんが携えてきた大きな皿のドームが取り払われて、なかからエスカルゴのバターバジルソテーが出てくるところだった。
 そういえば帰りに窓から入るとき、行きがけに出会ったかたつむりを見なかったなと思いかけて、いやいや、種類違うし、うん、と首を振る。
 扉が閉じて、エレベータが上昇を始めた。

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 潜水艦ビルの玄関が開かなくなった。
 最近とびらがさび付いて、やたら重くなったと思ってはいたけれど、まさか仕事に出ようとして開けられないとは予想しなかった。仕方ないので、廊下の横に空いている、やはり錆びた窓から、そっと抜け出る。
 ビルと道路をへだてているブロック塀の上に、かたつむりがいた。
「こんにちは、壱緒さん。お出掛け?」
 右のほうのツノをにゅうっと伸ばして、いう。
「やあ、これにはちょっとわけがあって、つまりその玄関のドアが、ちょっと錆びついちゃって、うまく開かないもんだから、その」
「ええええ、よくわかりますよ」
 かたつむりは、ちょい、と優雅なうずまきのスロープをつやめかせて傾けてみせ、右肩の肉をひらひらっとひらめかした。
「お出掛けするのに、家を置いて行こうとすると、どっかから出なきゃなりませんものね。しかも、あなたがた一個の家に何匹も棲みついてるんだから。見知らぬやつまで入れたり入ってきたり、追い出したり、まあ最近の若いひとってのは、奔放というか、ええまあ、ねえ」
 いいたいだけ言ってしゃなりしゃなりと行こうとするので、おもわず「相手をぶっ刺して犯したうえ自分も家の外に卵を産み捨てるような雌雄同体に言われたくないね」とか悪態をつきそうになり、でも仕事に遅れそうなので口をつぐむ。

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 土産物をもらう。
 表面が、ラメをまぶしたみたいにきらきらしているマカロンと、小さなびんに入ったレモンジャムと、オレンジピールの砂糖漬けの箱詰めである。
 マカロンはニューヨーク・チーズケーキ味だというので、何が何やらと思いながら齧ったら、マカロンではなくてスピーカーだった。
 びっくりしている僕をよそに、けっこう本格的なサラウンドで、鉱石ラジオじみたノイズまじりのシンセサイザー・シンフォニが流れてくる。

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 どうも薄暗いなと思ったら、雨が降っているのだった。
 窓を開け閉てしても、気温差を感じない。「ふわ」と、驚いて思わず声を上げた。
 すると、「ふわ」と、返ってくる。
 なにごと、と思い目を凝らすが、もちろん、窓を開けてすぐの傍に、「ふわ」と発声できる生き物は、ぼく以外にいない。この部屋はマンションの五階にある。
 何だ、何事だ、どうした、スパイダーマンでもいるのか、動揺して僕がヴェランダに回り、そこから改めてさっきの窓を外から眺めてみると、窓枠のすぐそばにアシダカグモに似た巨大な茶色の無害そうな蜘蛛がいて、何か食べている。
 よくよく見たら、有名な羽毛だった。ほら、あの、日本語でできてるやつ。
 安心して、干しっぱなしだった洗濯物を取り込んで、ゲームしに部屋へ戻る。

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もっとも平穏な黒猫の飼い方。 © 壱緒 2017. (http://horahuky.blog65.fc2.com/)

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This BlogTemplate's origin was written by Tamico. icene . combined and arranged dy 壱緒. THANKS BOTH.
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